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出会いから別れ FORTUNE 080516 CRYBABY Kittin

コニャがやってきたのは2008年5月16日。

当時、雑貨屋をしてたダンナの店に、お向かいのお店のばあちゃんが

「いらんかったら捨てといて」

とピンポンダッシュのように箱を置いていった。

覗いてみるとちみっこい白黒のニャンコ。

それがコニャでした。

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1週間ほど、ばあちゃんの家の床下で鳴いてたようです。

この頃のコニャ、なんだか頭でっかちで、オケラみたいだって言ってたっけなー。


目やには出てるし顔はぐちゃぐちゃ。

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どう見ても健康そうに見えなかったので、すぐに病院へ。

お薬もらったかな注射したっけ

とりあえず診察してもらって家に帰ったのでした。


さて、翌日からどうしよう

ダンナはお店があるし、私も仕事で家を空ける。

コニャの世話どうしようってなり、考えた結果、毎日ダンナと一緒にお店に出勤。

バックヤードで昼間を過ごし、また一緒に夜帰るということにしました。

お店の暇を見計らって、ダンナがミルクをあげるという作戦。

とりあえずいっぱい食べて、元気にならなくちゃね。

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ながーい紐をつけ、トイレとご飯を用意。

隠れられるようにキャリーもそばへ。

淋しかったのか、よく鳴いてはダンナが世話をしに行ったようです。

この頃はお腹もすいてたし、仔猫ということもあったんでしょうが、食欲旺盛でいっぱい食べてました。

でも食べ方が下手でねー、食事の後はいつもこう・・・・

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顔中ベチャベチャ・・・

また、こんなにちっちゃいくせに、いっちょ前に威嚇したりしていました。

かわいいんだけど・・・威嚇になってないんだけど・・・

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そしてうまいことにマンちゃんがママ代わりをしてくれたので、とても助かりました。

で、通称「ママ・マンちゃん」

遊び相手をしてくれたり・・・

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おてんばにも黙ってされるがまま。

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ぬくもりを求めてか、ダンナにもよく引っ付いてました。

ダンナの肩の上でお休み中

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ついでに私の膝の上でもお休み中

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黄色のビーズクッションも大好きだったよねー。

いつもこのクッションで寝てたよねー。

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でもコニャが一番好きだったのはキィ

でもキィは猫嫌いだから、なかなか側に行けなかったんだよね。

これは初めてのピトッ

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キィのシッポにちょこっとだけ触れてるんですよ。

コニャ、頑張ったねー。そして良かったねー

それかも、キィに怒られはたかれながらも、擦り寄っていき、側で寝、なんとかしてキィの側に居ようとしてました。

それからはおてんば振りを発揮して、こんなことしてみたり

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高さが150cmほどある梁に、いとも簡単に上がってしまい、ここはコニャだけの聖域になってしました。

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他猫は誰も上がれないんだもの。

一番ちっこいコニャが、一番運動神経が良かったんですよね。

脚にはいい筋肉ついてましたもん。

ここに上がったら「見て~って鳴きわめき、「コニャタンすごいねー」と見てやると、納得していました。

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その時私が

「コニャタン、ニャ~」

って言うと、元気よく

「ニャ~~

って返事を返してくれてたっけ・・・。


ベッドも好きで、でっかいベッドにちみっこいコニャ

すっごい贅沢な寝方してましたね。

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そんなコニャを、予防注射のため病院へ行き、血液検査したときに分かった「白血病」

特に仔猫のときに感染したものは、3~5歳で亡くなるという記述をネットで読んだときは愕然としました。

「それってキィとコニャ、どっちが先って話になるの」って。

それから確か沙織さんだったと思いますが、DANっていうサプリがいいと教えてもらい、与えていたんですが、あまりにも元気すぎてあげなくなっちゃったんですよね。

今更ながら、これを続けてたらと思うと反省しまくりです。

でもそれを忘れさせるくらい元気いっぱいのコニャ

いつも運動会の中心。

基本お馬鹿なのに、遊びに関しては天才。

黒ゴムを隠してあるキッチンの引き出しを開けまくってみたり

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猫草が食べたくて風呂の扉を開けてみたり、テーブルの上の私のメガネはいつもちょいちょいして落とす。

いくら怒っても落とす。

なんでも遊びにしてしまってました。


ちっちゃいから大きくなっても太ももの上に乗っかってきて

「離さないれしゅ降りないれす

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だけどダンナにつかまると、手足を突っ張って異常な拒否反応


「離すれしゅよ~

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そしてこのわかいい首をかしげる仕草

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目が光っちゃってるけど、可愛さわかるでしょ


そうしながら当たり前に暮らしてた3年間。

にぎやかで騒々しかった3年間。

でも楽しかった3年間。

先月末、突然元気がなくなって、白血病が発症したと判明。

それから数日で、あっという間に逝ってしまったコニャ

来る時も突然だったけど、逝くときも突然だったのよね。

あまりにも早すぎて短すぎて、今にして思うと夢の中の出来事のように思えてしまいます。

そして形見のコニャの首輪。

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本当はキィが使ってたんですけど、コニャ用に買ってきたのが大きすぎて、キィのを譲り受けたんです。

丁度いい大きさの箱があったので、それに入れてやりました。

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袋に入れて・・・どこに置こう

今はまだリビングに置いてるんですが、どっかにきちっとしまわないとね。

まだ思い出が多すぎて、悲しみからなかなか抜け出せません。

でもねコニャ、短かったけどママは楽しくて幸せだったよ。

ずっと続いていけばもっと良かったんだけどね。

ありがとね、コニャ・・・。
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コニャのいない6月 パート2

もうすぐコニャがいなくなって1週間・・・早いなー。

生活の中で、ふとコニャがしてた仕草とかクセが思い出されます。


みなさんのブログにある肉球のポチ。

押すと猫の鳴き声がするじゃないですか。

それを押すと、一番に飛んでくるのがコニャでした。

そしてスピーカーの周りを探し回るんですよ。

「お友達、どこれしゅかーってね。

コニャは猫見知りしない、みーんなウエルカムなニャンコでしたからね。


お風呂に入ってるとき、流れる水が気になって、首をかしげながらずっと見てたよね。


朝、キィがご飯を食べてる時、必ずといっていいほど横取りしてたよね。

そしてキィはいやいや横のお皿に移る。

他猫が食べてるのが美味しく思えたのかな


ニャンズの夕ご飯の用意をしてると、毎日横でケンカが始まるんだよね。

マンコニャ もしくは ボクコニャ

なんでだったんだろうね

ホント、にぎやかでした。


そう、なくなったその夜、大好きだったカゴに入れてあげてベッドの横に置き、3ニャンも一緒の部屋に居て、最後の夜はみんな一緒に過ごしました。



コニャが居なくなって2日目の朝。

ダンナが起きぬけに

「・・・コニャの夢を見ない・・・」

とボソッ。

夢に出てくる=成仏した というのが気になったみたいです。

昨日、ダンナはコニャを見たそうです。

出掛けるのに身支度をしようと寝室に入った時、ベッドの上に黒いものを目の隅で見たそうです。

そしてその黒いものは振り向き、白と黒のコニャの顔が

「あ、コニャだ」と思うのと同時に「そんなばかなと思い振り向いたたら、姿が無かったそうです。

ダンナは親譲りで、霊感が強いので見えたのでしょう。

それで当分の間は、コニャの夕飯も用意するようにと言われました。

実際はボクキィが食べちゃうんだけど、気分的にね。

私はさっぱりで、気にはしていますが見ることも感じることもできません。

コニャ、ママにも姿見せてよ・・・

少しづつ食欲も出てきました。

でもそれがコニャへの想いが薄らいじゃったのかなとも思えて、頭のどっかで「食べちゃいけない。食欲が出ちゃいけない」とも思ってしまいます。

まだまだコニャを失った喪失感から抜け出せません。

つぶやき(コニャのいない6月)

そういえば、嫌な予感というのは3年前になります。

コニャが来て、病院で健康診断兼ねて血液検査をした時に白血病のキャリアだと分かり、ネットで調べたら“仔猫のうちに感染したものは、3~5年で発症する”と書いてあり、その時「それってコニャとキィと(逝くのは)どっちが早いってことになるわけって思ったんですよね。

まさかこの時から思ってたなんて・・・。

なんだか思ったことが現実になっていきそうで(それ悪いことばかり)、なんだか怖いです。


さっきコニャにお花を供えながら、焼いてあげた方がよかったのかなとふと思ったんですよ。

なんとなく。

でもその時は土に・自然に帰してあげたいと思ったわけで、今更掘り返してなんてかわいそうだしね。

まぁいいとしましょうか。


先に載せたこの写真。

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亡くなるその日の朝のなんですよ。

しっかりしてるように見えるでしょ

まさかこの18時間後に死ぬなんて見えないでしょ

この日も自分でトイレに行き、チッコにウンチョ、形のいいウンチョしたんですよ。

だからまだもうちょっとは大丈夫だって思ったのになー。


ダンナがネットで色々と調べたら、キャリアのうちに予防治療をしてる人もいるんだって。

でもうちの先生はしない、できないって言ってた。

病院によって差がある治療。

もししてたらどうなってたんだろう

いまさら後悔しても仕方ないんだけど、やっぱ思ってしまいます。

もっと猫の病気の治療が進めばいいのにね。

はがゆいです。


1週間前はまだ元気(そうに)にしてたコニャ

まさか1週間後にいなくなるだなんて、それも事故とかじゃなく病気であっという間にいなくなるなんて誰も想像出来ませんでしたよ。


キィのことが大好きでねー。

近寄っては怒られ、猫パンチされるのに、後ろから回ってみたり、私らに近寄る素振りをしながら「お姉ちゃんのこと気にしてないれしゅよ」ってな顔して近寄って、あわよくばくっついてたなー。

これは一緒に寝れた最後の写真です。

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よかったね、コニャ


コニャの容態が急変した時、あれだけ仲良かったマンちゃんボクは無関心でした。

横を通っても無視。

息を引き取ったコニャマンちゃんに見せようとすると、逃げてました。

非常なようですが、それが猫のルールなんでしょうね。


コニャの病気の発症が分かった時、命がそう長くないと分かった時、そんな辛さ耐えれないって思って、コニャが居なくなるくらいなら、地球なんて滅んでしまえって思いましたね。

それだけ愛してました、コニャのこと。

家をボロボロにされてもいいから、生きてて欲しかった・・・。

でもその反対に、もう他の子たちに白血病の予防注射をしなくていいんだという安堵感もあったのも事実です。

不謹慎に思っちゃいますが本心です。

マンちゃんボクは、キィの病院代や、ダンナの病院代でお金がかかってるから、もうちょっと待っててねって今年はまだしてないんですよ。

マンちゃんは2ヶ月、ボクは1ヶ月過ぎてるかな。

特にマンちゃんコニャと舐めあいっこしてたから、もしかして・・・という恐怖を感じています。

落ち着いたら(もう白血病の感染は心配いらないからね)、2匹とも再度血液検査をして、3種の予防注射をしてもらおうと思っています。


そうだねー、最後の日は私が一日休みの日だったから、ずっと居てあげれたんだよね。

これもコニャの変な親孝行か

そして私とダンナ、無視はしてたけど3ニャンが見守る中で逝けたのはよかったかな


4匹のうちの1匹、だけどその存在感は大きいですね。

胸にぽっかりと穴が開いた感じです。

ニャンズが揃ってもなんか足りない。

ちみっこいウロウロする子がいない。

今朝もなにも考えずに、4皿にご飯を用意した私。

だいぶ経ってから3つでよかったんだと気がつきました。

そう簡単には思い出にはならないですね。

心にあること

まだ心の整理が付いてませんが、整理をつけちゃうと今の気持ちを忘れてしまいそうなので、内容は支離滅裂になるでしょうが、心にあることを書きたいと思います。

面倒だなーと思う方はスルーしちゃってください。



昨日はね、朝コニャが遊び部屋の窓から外を見てたのを見つけたとき、以前拾った仔猫・キャッチのことを思い出したんです。

この子は目やにで見えないはずなのに、亡くなる前日、窓から外を眺めていたんです。

それを思い出して「やめてよー。おんなじことにならないでよー」と思っちゃったんです。

でもそれを口にしたら本当になりそうだったから、心にしまい込みました。

この窓は腰高で、コンポのスピーカーに上がってじゃないと上がれない場所なんです。

嫌な予感を感じながらも、でもまだ高いところに上がれるだけの体力があるんじゃないとも思ったんです。

コニャのことで頭がいっぱいだけど、最低限の生活はしなきゃってことで、洗濯して、干しながらパソつつき、ちょこっと草抜き。

そう、草抜きしながら、窓辺に居るコニャを外から呼んだら「ニャ」って返してくれたっけな。

そう、この日は珍しく日向ぼっこしたな=いつもと違ってたんだな。

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なぜか年上のマンちゃんが、甘えるようにして寄り添っています。

そしてこれがコニャの最後の写真となりました。

これを撮ったのが昨日の昼12:43.

この12時間後には、コニャはもう息をしてなかったんですよ。

考えられません。


どうも元気がなさそうなので、夕方病院へ行って、ミルクを飲ませてもらい、点滴もし、インターフェロンも打ってもらい、これで少しは持ち直すかなと思っていましたが、夜ご飯をあげた後に、食べたもの全部吐き出しちゃったんです。

その様子を見たときに「もうだめかも・・・って思ったんですが、コニャは頑張って生きてる。

私がそんなこと思っちゃいけないとその想いを拭い去る。

そうしながらうつらうつらして、23時過ぎに目を覚ましたらコニャは廊下へ。

夜はベッドで寝るのが常だったので、抱き上げてベッドへ。

そしたらすぐにベッドから降りて、フローリングの上へ。

その時の歩きようが、もう力が無くて弱々しい。ふらついてる。

朝は窓のサンにまで上がれてたと言うのに

私が変なとこに行かないように体を持つと、今限りの声で「ニャ~~~って鳴いたんです。

これがコニャの最後の鳴き声になってしまいました。

慌ててパソをつついてたダンナを呼び、一緒に様子を見てたら、この前隠れてたローボードの後ろに行きたがるんですよ。

ダンナが静止しても、ものすごい力で進もうとするんです。

そんな力があるんなら、元気になる方に使ってよって。

それから頻繁に場所を移動したがるも、段々と歩けなくなり、立とうとして倒れる感じ。

「頭打つと痛いから」って言っても、その動作を止めようとはしませんでした。

これが本能なんでしょうかね。悲しいけど。

そして段々と目がうつろになり、ダンナが「もうだめだ・・・

頭をなでても目を閉じる反応がほとんどないんです。

それでもどこかに行こうと動こうとするんです。

その姿が痛ましかった・・・。

そして呼吸が荒く小さくなり、時折ため息のような大きな息をつく。

もう最後が近づいてるんだなと分かりました。

そういうコニャを見守りながら、私はそばで小さな声で

「コニャタンのお風呂の扉開けるのまだ見たいなー」

「飛ぶように走るコニャタンみたいなー」

「もっともっと大好きなゴムで遊ばなきゃ」


とか言ってたんですが、ついにダンナが

「コニャ、もう楽になっていいんだよ」と。

苦しんでる姿が痛々しかったそうです。

それからは

「ママはコニャタンに会えて幸せだったよ。ありがとね」

など、お礼の言葉に変え、昔よしほさんがきなこ君を送った時の言葉を思い出し、大声も上げず、触ることもせず(時折指先に触れたりはしましたが)コニャが自然に逝くままにしてあげました。

最後は間隔をあけて3回ほど大きな息をつき、その後ちょっと間を空けてピクンッと動いてこの世界とお別れしてしまいました。

普段は喜怒哀楽、特に「哀」を出さないダンナが、涙を浮かべて泣いてました。

自分の身内ですら亡くなっても泣かないダンナが。

そして

「獣医師ってなるの難しいンかな。猫の病気の治療が犬ほど進んでないのがイヤだ」

「こういう思いをしたくないから、動物はきらいじゃないけど飼いたくないんだよ、本当は。」

「まだあとこういう思いを3回はしなくちゃいけないのか・・・


と泣いてました。


コニャの短いシッポ。

力が抜けても真っ直ぐのまんま。

骨自体から曲がらないような奇形になってたんでしょうね。

だからいつもシッポを振るときは根本から、もしくは先っぽの丸まってるところをフニッフニッって動くくらいだったんですよね。

コニャの歩く後ろ姿、内股歩きでかわいかったなー。

毎朝ベッドの縁で爪とぎをして、よく「これコニャって怒ってたな。

トイレで砂をかける時、なんでか砂落とし用の網に爪を掛け、バンバンバンッって家中に響くような大きな音させてたよなー。

猫草が好きで、悪くなってからはご飯はいやいやしてたのに、猫草を1本差し出したら、自分から食べたんだよね。

なんで肉食の猫が草なの

ちっちゃいから、太ももの上に上がってきて、落ちないようにシッカとつかまってたよなー。

階段の梁はコニャの聖域。

150cmほどある高さを上がり、よく見て見てコールしてたよなー。

「ねぇ見て見てこんなに高いとこ上がれるよー」って。

私が「コニャタンニャ~」っていうと、「ニャ~~ってまん丸お目目をつむりながら、いいお返事してくれたよね。

・・・書いてたらきり無いです。


嫌がってたけど、もっと食べさせてれば持ったのかな

でも数日の差だったら、嫌がることしないほうがよかったのかな

予防接種のときに毎回血液検査してれば、今回のようなことにはならなかったのかな

でも先生は、白血病の予防も治療も確立はされてないんですって言ってたよな。

でもインターフェロン治療っていうのをしてる病院もあるけどな。

あ・・・もしかしてこの注射がきつすぎたのかな

しないほうが良かったのかな

ダンナがネットで色々調べて。予防治療みたいなことをするとこもあるみたい。

それしてたらどうなんだろう

でも仔猫の時期に感染したら、発症亡くなるというパターンが多いらしいから、一緒だったのかな

「たられば」な思いが、後から後から沸いて出てきます。


丁度1週間前だったかな。

私の視野の中に、4ニャンがウヨウヨ。

「あー、なんかいっぱい居るなー。でも・・・幸せ」なんて思ってたのが、まさかこんなに早く崩れるなんてね。


唯一、お風呂の扉を開けれる子で、頭で折れ戸のところを押し、バッカンと開ける。

隙間を開けながら・・・折れ戸の真ん中にできる三角の隙間から体をねじり込んで入ってくるんですよ。

横に入りやすい隙間が開いてるっていうのにね

動画、撮ってなかったなー。

またいつでもって思ってたんだよね。

こんなことになるなんて思ってなかったからさ。

もしTVに投稿したら、出れるかなーなんてことも思ったりしたんだよねー

ハハハ・・・親ばかね。


ダンナが

「コニャは親孝行だよ。これが夜の時間なら、朝の時間なら“病院へ”ってなるけど、そうできない時間に亡くなるって事は、俺らに面倒をかせさせたくなかったんだろうな」

って・・・

そして二人でコニャのシャメを見せ合って、ダンナが「コニャの写真多いわ。特に動画はほとんどコニャ。・・・変な奴だったしなー」って。

命の短い子は、その短い間に思い出をいっぱい作って行っちゃうんでしょうかね


そして今日のお昼、前日の朝コニャが外を見てた2階の窓の下に埋めてあげました。

大好きだったおやつ(もっと食べさえてあげればよかった・・・)、猫草、マタタビ、黒の輪ゴム(私が冬に、台所仕事で袖が濡れないように、黒ゴムで作った輪っか。大好きだったんですよ)一緒に持たせてやりました。

大好きなものいっぱいね。

そして金鶏菊の花を飾りました。

この花が咲く頃になると、毎年思い出すようになるんだろうなー。

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もっと書きたいけどとりあえずこの辺で。

ダンナも帰ってくるし、眠くなっちゃった。

ここ数日あまり寝れてないし(特に昨夜は)、食べれてないんですよね。

お陰でちょっと痩せちゃった

こんなことで痩せるなら、痩せれない方がいいけどね。

コニャが生きてくれるほうがずーっとずーっといい。

神様にお祈りしたんだけどな。

「私の命、コニャタンに分けてあげて」って。

もうキーボード打つの、ミスばっか。

頭回ってないよー。

じゃ、これで・・・。

終焉

0:15

コニャが虹の橋を渡りました。

心配してくださった方々。

アドバイスを下さった方々。

贈り物をしてくださった方々。

本当にありがとうございました。
プロフィール

カレン(Kullen)

Author:カレン(Kullen)
4猫の話と、オーストラリア大好きのカレンの日頃の出来事の日記です。
猫の話でも、オーストラリアの話でも、日常のつたないことでも、色々と書こうと思っています。

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